写真:佐々木隆二


井上ひさしに関する公募原稿

先日募集しました井上ひさしに関する原稿は、
①井上ひさしについて思うこと ②私の好きな井上ひさし作品 ③私の好きなこまつ座の芝居
の3つのテーマで募集いたしました。

4名の方から募集がありましたので、先着順に掲載させていただきます。
それぞれの井上ひさしに対する熱い思いがひしひしと伝わってまいります。
ご応募くださった方々、素敵な文章を誠にありがとうございました。


法月 俊次 様

①井上ひさしさんについて思うこと
最初に衝撃を受けたのは、ひょつこり ひょうたん島の放送です。学校から飛んで帰ってテレビに釘付けになりました。発想の意外性に今迄の子供向け放送とは違う新鮮な衝撃を受けました。生き生きした登場人物に感心しました。その後作者が井上ひさしさんと山元護久さんであることを知りました。そして直木賞を受賞された頃からブンとフンの頃からの全作を読みました。

②私の好きな井上ひさし作品
好きな作品が多すぎて迷うのですが、吉里吉里国には、理想の国がどういうものかその形や姿を教えてもらいました。

③私の好きなこまつ座の芝居
最も感動した作品は、藪原検校ですがこまつ座では、上演されていません。雪やこんこんは、原作が遅れて初日が遅れてハラハラして観られないのではなどと思い余計に忘れられません。初演の市原悦子の演技に圧倒され記憶に長く残っています。


コタンオオサカ 様

②私の好きな井上ひさし芝居
井上ひさし芝居を初めて鑑賞したのは、昭和47年大学生1年、新宿紀伊国屋ホールです。熊倉一雄主催テアトルエコー「珍訳聖書」初演でした。言葉遊びと、奇想天外な展開にすっかり魅了されました。爾来、50年近く井上芝居を楽しんで来ています。
「藪原検校」は何度も再演されていますが、昭和47年渋谷西武劇場(現パルコ劇場)で、五月舎による初演が衝撃的でした。主人公の極悪の生きざまを、笑いとペーソスに包み、ダイナミックに描いています。古田新及び野村萬斎主演の再演も、とても素晴らしかった。
「父と暮せば」は、すまけい、梅沢昌代初演を平成3年紀伊国屋ホールで鑑賞しました。これは傑作であり、黒木監督の映画化、山田監督・こまつ座「母と暮せば」に継承、井上芝居の代表作として、後世に原爆の惨状を伝えるべく、繰り返し再演して欲しいです。
最後に、蜷川幸雄演出の初期時代劇群の再演並びに「ムサシ」も大好きです。


荻原 芽 様

③私の好きなこまつ座の芝居
こまつ座の舞台の中でも、特に音楽劇が好きです。『組曲虐殺』は2012年と2019年の2回観ました。小林多喜二の残したメッセージ、人間の尊厳と自由を守り抜くこと、社会の底辺の人々の叫び、差別社会に立ち向かう強さなど、今の私たちに強く訴えかけ、そして後世に伝え継ぐべきものだと教えてくれる作品。重いテーマを持ちながら、言葉遊びやお芝居で笑わせてもくれる作者のマジック。語るように歌う井上芳雄さんの声で、作者井上ひさしが多喜二を通して発する言葉が、カタカタ回る映写機のように、胸にしみ込みました。そして時に激しく時に美しいピアノの旋律が劇全体を包む感覚。個人的には2019年夏、初めて小樽を訪れました。運河に沿ってレンガ造りの倉庫が並ぶ港町。小樽市文学館、多喜二の記念碑、旧拓銀小樽支店などを巡り、多喜二の生きた時代に思いを馳せました。「あとにつづくものを信じて走れ」、今も心の中でリフレインしています。  

③私の好きなこまつ座の芝居
中国との交流に関わる仕事をしています。中国の友人や日本の若い世代にお薦めしたいのが『シャンハイムーン』。魯迅は今でも中国で尊敬される作家です。『シャンハイムーン』の魯迅は、もちろん、志を抱き思想のために命を削る存在ながら、奇病に取りつかれ、どこか弱気で医者嫌いで滑稽な人物。野村萬斎さんの魯迅がオロオロと舞台を右往左往するのが可笑しく、よく通る声で信念を語る力強さが印象的でした。混乱する魯迅を優しくなだめる許広平夫人と、魯迅を慕い二人を支える内山夫妻ら4人の日本人。国の違いを越えた日本人と中国人の信頼、日中戦争直前でもこのような確かな交流があったこと。井上ひさしが伝えたかった願いだと感じます。ラストで、許広平が手紙をつづる背景を静かに照らす大きな月が、未来への希望なのだと思います。


丸山 竜一 様

①井上ひさしさんについて思うこと
『にほん語観察ノート』の一節に「裁判所速記官の廃止問題」があります。これは、「筆者も参加した「法廷の記録のあり方を語る」という集い・・・」で始まりますが、この集いは、1997年1月18日に浦和市民会館で開催されました。
この時の講演録(演題「聞き書きは、イワシの頭でするものか?」)から、時宜にかなっていると思う言葉を次に引用します。
「私たちに大事なのは、みんなが生きていくために、<この国の基本のかたち>はこうだよ、と決めているわけですから、その決めているのを、ただ「予算がない」とか、どこかに予算をやっておいて、また「予算がない」とか言って、そうして予算を削っていき、<このかたち>を凹まそうとしていることに対して、私は断固反対します。」
(講演では「憲法を<この国の基本のかたち>と言い換えると、日常の中に入ることができる言葉になる」とおっしゃっています。)